小学生のころ、「はじめてのおつかい」の面白さがわからなかった。おとなになって、よその子のおつかいで涙がでる。「歳をとると涙もろくなる」は本当だった。

ところが甲子園では、どうも心が動かない。なんでも共感できるようになったわけじゃないらしい。

そりゃそうか。「はじめてのおつかい」で心が揺れるようになったのだって、長男が生まれてからだ。甲子園とはあまりに接点がない。せめて運動に打ち込んだ経験でもあれば、ずいぶん違っただろう。あるいは駅伝を夢中で応援したことがあれば、「あのときの気持ちだ」と掘りおこせる感情がみつかったかもしれない。

じぶんに物語があると、誰かの話にも手を伸ばしやすくなる。反対に、距離が遠すぎる話には「すごいね」よりも先が続かない。共感どころか、その先を知りたくなるキッカケまで見逃してしまう。

10年後はどうだろう。これから何を好きになって、悔しがって、誰を応援するかで、身をのりだして聞きたくなる話はもっと増えていく。

明日はもっと、目を輝かせて話をききたい。