もう9時だ。息子はせまる時間を気にかける素振りをみせない。もう10分もかけて、連れ出すおもちゃを選んでいる。「この電車を玄関まで走らせてみようか」と精一杯に明るく誘いだしてみる。反応がないので、今日は別の手を考えるしかないらしい。通園時間では、2曲目の童謡も歌いきれない。どれでもおなじでしょ、と頭をよぎる。

妻から「洗濯物を3回に分けてほしい」と言われたときも、似たことを思った。かるい衣服、汚れやすい衣服、新生児の衣服、とそれぞれ分けたいらしい。理由を聞こうとして、やめる。質問というより文句だった。顔には出たかもしれない。

ひとりでは1度ですんだ洗濯が、同棲して2度になり、息子を抱きしめてから3度になった。僕には見分けがつかないものが、ますます暮らしのなかに増えていく。ぜんぶに納得してはいない。それでも、困りながら口元はすこしゆるむ。妻にも、そんな顔をされた覚えがある。むこうもおなじかもしれない。

3度目の洗濯ものをまわしてから、息子のとなりにすわった。「どれがいいかな」と、今度はいっしょに迷う。