「年をとると変われなくなるぞ」と、脅されている人がいた。
いまのうちに変わっておけ、ということらしい。「削らないほうがいい角もあるのに」と横目におもう。べき論を追いかけて、角をひとつずつ削っていけば、仕上がるのは量産品だ。それは勿体ない。まして、相手が感謝してくれるわけもない。
だいたい、変わらないほうが自然だ。使えるものが増えて、手応えもおぼえる。この先また何かあっても、まあなんとか凌げるだろう。そうして、焦燥感は落ち着いてくる。頑固になったとか、誰も注意してくれないとか、ではない。変わらずにやっていけるほど蓄えてきたのだ。もう、ちゃんと居場所がある。変わりつづけるのは、べつに偉くも正しくもない。
ワックスで髪を整えはじめた頃の戸惑いを覚えている。イケてる髪型がなにかも曖昧なまま、学校へ通った。はじめての接客で「わたし」と口にしたとき、自分らしさを置いてきた不安にかられた。そうした試みは、たいてい恥ずかしさを残した。
わざわざ変わり続けることを望むなら、あの頃のように、戸惑いながら玄関をでるしかない。